済生会熊本病院、地域連携と生成AI活用を軸に経営改革 急性期医療の需要変化に対応

フリーは6月16日、経営、バックオフィス、AI(人工知能)をテーマにしたイベント「freee 統合ワールド2026」を都内で開催した。済生会熊本病院(熊本市)の松岡佳孝・経営企画部経営企画室・広報室室長が登壇し、地域医療を支える医療法人の持続可能な経営戦略をテーマに講演した。

松岡室長は「医療に求められる経営機能の『統合』を見据えて」を演題に、地域連携、バックオフィス、AI活用を横断する病院経営の方向性について語った。

高度急性期医療の需要構造が変わる中、「急性期病院には単独で患者を集める発想だけでなく、地域の医療・介護資源と役割を分担し、地域全体で医療提供体制を維持する経営戦略が求められている」と話した。

その上で「病院経営を考える上で人口構造の変化を直視する必要性がある」と強調した。病院は物価高騰、人件費上昇、委託費の増加、診療報酬が公定価格であることなどを背景に、経営環境が厳しさを増している。しかし、松岡室長は「それだけではない」と話し、経営を改善するには「団塊の世代と団塊ジュニア世代の年齢構成を踏まえた長期視点が必要」と述べた。

済生会熊本病院のデータでは、高度急性期医療のニーズが高い層は65~74歳に集中している
済生会熊本病院のデータでは、高度急性期医療のニーズが高い層は65~74歳に集中している

済生会熊本病院の入院患者データでは、高度急性期医療のニーズが高い層は主に65~74歳の前期高齢者に集中している。一方、2040年に向けて、85歳以上の人口が増加する見込みという。

済生会熊本病院の商圏では、65~74歳人口が減少する一方、85歳以上人口の増加が見込まれている
済生会熊本病院の商圏では、65~74歳人口が減少する一方、85歳以上人口の増加が見込まれている

また、済生会熊本病院の商圏データでも、65~74歳人口は減少傾向にある一方、85歳以上人口は増加が見込まれている。さらに同院の患者層は、2012年度を基準にすると85歳以上が2022年度に127%まで増加した。

松岡室長は、こうした変化を踏まえ、「手術を必要とする急性期ニーズの中心層が変化する。一方で、医療と介護の複合ニーズを持つ高齢患者が増え、その対応が重要になる」と説明した。その上で、急性期病院が取り組むべき課題を「人口減少に伴う高度急性期ニーズの減少への対応」と「超高齢者の増加に伴う医療・介護複合ニーズの増加への対応」と強調した。

済生会熊本病院では、2012年度を基準に85歳以上の患者層が2022年度に127%まで増加した
済生会熊本病院では、2012年度を基準に85歳以上の患者層が2022年度に127%まで増加した

高齢者救急の増加は、多くの急性期病院に共通する課題だ。松岡室長は「85歳以上では要介護認定率が高く、緊急入院のリスクも高まると指摘。救急を受け入れる医療機関を評価する診療報酬上の誘導も始まっている」と説明した。

済生会熊本病院では、急性期医療を担うだけでなく、「前方連携」と「後方連携」の双方に力を入れてきたという。「前方連携」では、地域のクリニックや中核病院から信頼され、必要な患者を紹介してもらう体制を整えた。「後方連携」では、回復期、リハビリテーション、介護施設などと連携し、急性期治療後の患者が適切な場所に移れる関係の構築に取り組んだ。

さらに、松岡室長は「医療連携は単なる紹介・逆紹介の仕組みにとどまらない」と話した。済生会熊本病院では、看護部長や院長などによる人的交流、職種間の勉強会、個別の連携会議などを通じ、地域の医療機関との関係性を深めており、こうした地道な取り組みが、病床利用率が高い局面でも患者を円滑に受け入れ、次の医療・介護へつなぐ基盤になったとしている。

松岡室長は、病院バックオフィス機能についても言及した。「医療従事者の偏在や診療科の集約が制度的に進む一方で、バックオフィス機能の統合は十分に議論されていない」と指摘。医療機関の統廃合や地域医療連携推進法人など、組織間の連携や統合が進む中では「会計、人事労務、経営管理などのバックオフィス業務も再設計する必要がある」と話した。

松岡室長は、バックオフィス業務の再設計とAI(人工知能)活用の必要性を示した
松岡室長は、バックオフィス業務の再設計とAI(人工知能)活用の必要性を示した

人手不足が進む中、事務部門でも人材確保は難しくなる。松岡室長は、対応策としてAIの活用を挙げ、「理論上、バックオフィス業務の57%は自動化可能」と話し、AIを前提に、再現性のある質の高い業務フローを構築することの重要性を訴えた。

一方で、AIの活用では、医療・介護・福祉分野は要配慮個人情報を扱うため、個人利用と組織利用を明確に分けて議論する必要があるとして「最優先すべきはセキュリティーであり、個人情報と病院組織を守ること」と語った。その上で、「会計、人事労務、経営情報などを統合し、経営改善の示唆を得られる環境づくりが必要」と締めくくった。

済生会熊本病院は400床の高度急性期病院として、救急医療やがん診療、地域医療支援などの領域で地域医療を担う。「医療の質」と「経営の質」の両立を重視してきたという。人口構造の変化、物価高騰、人件費や委託費の上昇、医療・介護複合ニーズの増加など、病院経営を取り巻く環境は大きく変化している。松岡室長に病院経営の課題や生成AIの活用などについて聞いた。

病院経営の課題と改革の方向性、松岡室長に聞く

松岡佳孝・済生会熊本病院経営企画部経営企画室・広報室室長
松岡佳孝・済生会熊本病院経営企画部経営企画室・広報室室長

――病院経営の課題は

目の前の課題で言えば、本当に利益が出づらくなっていることだ。利益を出さないと、患者の療養環境や新しい人材への投資ができない。これはどの医療法人にも共通する課題だ。物価高騰に加え、医療事務、給食、清掃などの委託費の上昇も大きい。

こうした費用の上昇を受けて、利幅がかなり小さくなっている。病院は地域のニーズに対して存在しなければならない業態だ。そのニーズに対して、どう組織を整合させていくかが大きな問題で需要面と供給面の両方で考える必要がある。

――経営で重視すべき指標はありますか。

まずはコストの適正化がある。無理に患者を入院させて収益を上げるという考え方は、医療では望ましくない。人員配置が本当に適切なのか、人件費をどう適正化するのか、そのほかのコストをどう管理するのかが重要になる。

次は、患者や地域の連携先に選んでもらうことだ。急性期病院の場合、患者を紹介してくれる連携先に選ばれる取り組みが、これまで以上に重要になっている。

バックオフィスも見直すべきタイミングに来ている。直接的に収益を生む部門ではないが、今は、どう価値を生み出すかが問われている。これまでと同じ業務を続けるだけでは、十分な価値を出しにくくなっている。

――病院が収益力を向上するためのポイントは。

基本的には、単価と数の両面で考える必要がある。

単価の面では、施設基準やDPC(診断群分類)の機能評価係数を高めることになる。当院では取れる加算をきちんと取り、機能を高めていくことに力を入れている。差額ベッド代などの私費項目も、物価高騰に対応して見直しを進めている。

数の面では、地域の中から信頼される診療を提供できているかがポイントになる。その体制を整えた上で、クリニックや地域の中核病院との連携を深めることが重要だ。

済生会熊本病院では、2010年に医療連携部が発足し、地域の医療機関との連携を強化してきた。地域連携は「前方連携」と「後方連携」の両方が必要になる。

「前方連携」では紹介を受ける体制を整え、「後方連携」では回復期、リハビリテーション、介護施設などと関係を築き、急性期治療後の患者を適切に送り出す。こうした連携は、システムだけではできない。看護部長や院長を連携先に送るような人的交流、ケースワークの勉強会、職種間の勉強会、個別の連携会議などを重ね、現場同士がつながることが重要になる。

――2026年の診療報酬改定をどうみていますか。

済生会熊本病院にとっては追い風の面がある。救急患者や手術、例えばロボット手術などに対し、一定数を実施していれば加算が付く項目もあり、良い影響はあるとみている。

一方で、コストも上がっている。ロボット手術で加算が付いても、その後に手術材料が値上がりする。診療報酬上の評価が増えても、物価や材料費、人件費の上昇とのいたちごっこになっている面がある。

医療DX加算については、単位が小さいこともあり、それを起点に病院のDXを動かすというより、電子処方箋や医療情報閲覧機能など、改定に合わせて必要な整備を進めているという位置付けだ。当院は医療情報部があり、NECやマイクロソフトなどとの共同開発を続けてきた経緯もある。そのため、比較的環境は整っている。

――生成AIをどう利用していきますか。

マイクロソフトの「Microsoft 365」を職員一人ひとりに配布しており、「Copilot(コパイロット)」を全員が使える環境を整えている。現場では、診療情報提供書やカルテなどを基にした要約、退院サマリー作成、画像データのOCRのような使い方が始まっている。

一方で、「Copilot」ではできないことをやりたいという声も出ている。シャドーAI(組織が許可していないAIを職員が無断で利用すること)の問題もあるため、個別の法人契約や研究用途など、生成AIで何を解決したいのかを個別に議論し始めている。

基本的には何を解決したいのかを明確にした上で、適切なツールを選ぶことが重要だ。ただ、組織利用では、個人利用と同じようにはいかない。学習に使われないことや国内リージョン、セキュリティーなどの条件をクリアする必要がある。

――生成AIは事務、診療現場のどちらで活用していきますか。

どちらか一方というより、目的によって使い分けることになる。ただ、病院全体で大きな効果が見込めるのは、AIによるバックオフィスや業務フローの改革だと考えている。

医療機関のバックオフィスでは、10年、20年と同じ業務フローを続けていることも珍しくない。それを生成AIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)、自動化ツールで合理化し、価値を高めながら作業負担を減らすことが必要だ。

一方、診療現場では、紹介状や退院サマリーの作成支援、要約、OCR(光学式文字読み取り装置)などの活用が考えられる。ただ、臨床判断に関わる領域では、セキュリティーや安全性、責任の所在を慎重に整理する必要がある。

重要なのは、ツール導入を先に考えないことだ。「何を解決したいのか」「どの業務フローを変えたいのか」を明確にし、そのために生成AIやRPA、自動化ツールをどう使うかを考えていく。