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医療現場で進むAI活用の現在地と課題 荻島創一・東北大教授に聞く

荻島創一・東北大学 東北メディカル・メガバンク機構 ゲノム医科学情報学分野教授

医療でAI(人工知能)の導入が進んでいる。ビジネスでのAIを活用した業務効率化の取り組みが広がる中、医療分野でも画像診断支援などを始めとするさまざまなAIサービスが登場している。医療のAI活用はどこまで進んでいるのか。日本メディカルAI学会の評議員を務め、医療AIの動向に詳しい、荻島創一・東北大学東北メディカル・メガバンク機構ゲノム医科学情報学分野教授に聞いた。(取材:医療テックニュース編集部)

――医療AIで特に注目している分野はありますか。

荻島:医療AIは生成AIの出現により大きく変革している。2023年にGPT-4が出現し、日進月歩でその性能が向上しており、現在ではIQが120に到達するまでに至っている。生成AIの急速な技術革新を受けて、2024年には内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の事業で、生成AIのプロジェクトが開始され、日本語の医療LLM(大規模言語モデル)の開発が行われている。さらにマルチモーダル化も進んでおり、生成AIが医療AIを大きく変革しつつある。

生成AIによる医療AIは大きく分けて3種類ある。まず、患者・医療従事者向けコミュニケーション・教育支援である。患者が診療を受ける前・後に「この病気ってなに?治療法は?薬は?副作用は?」と調べたとき、LLMが患者向けに分かりやすい説明を生成することで、コミュニケーション・教育支援するというものである。

次に、臨床記録の構造化/サマリ化/業務支援である。診察録、カルテなどの膨大かつ構造化されていないデータをLLMが読み取り、構造化して、要約し、必要な情報の抽出やICD(国際疾病分類)の病名コードなどの標準コードでの標準化を支援するというものである。医師・看護師の負担軽減と創薬や治療法の研究開発への利活用が可能となる。

さらに、臨床意思決定支援・医療知識活用である。LLMが医学文献やガイドライン、EHR(電子健康記録)のデータを参照して、「この患者の場合、いかなる検査を追加すべきか/いかなる治療選択肢を検討すべきか」を提案する支援ツールである。

生成AIの進展で、5年後にはまったく新しい医療の世界が実現されているかもしれない。それほど大きな技術変革が起きている。生成AIのほかにも、深層学習による画像診断のAIは、すでに専門医よりも優れているとされている。

生成AIの出現により、コンピューターとの関係が「命令と実行」から「会話と協働」へと大きく変革した。生成AIは言語だけでなく、画像・音声・時系列データなど多様な医療情報を統合的に理解できるようになりつつある。これは医療知識とマルチモーダルな臨床データを関連づける「知的インターフェース」の出現を意味する。

生成AIによる医療AIの可能性は限りなく広がっている。しかし、その真価を発揮するためには、学習・検証に用いられる医療データの質が極めて重要である。高品質で、網羅的で大規模な医療データが必要であり、個人情報保護・倫理的配慮といった多面的な品質を確保する必要がある。

すなわち、高品質なデータこそが生成AIの「オイル」であり、「信頼できる医療AI」を実現する鍵となる。臨床現場・研究機関・行政が協調し、信頼性の高い医療データ基盤を構築していくことが、これからの医療AI時代における最大の課題であり、同時に最大のチャンスでもある。

――海外で医療AIの動向はどうなっていますか。

荻島:海外での医療AIの技術開発と市場は急速に成長している。世界の「医療における AI 市場(AI in Health Care)」は、2024年には数十億ドル規模に達しており、2025年から2030年にかけて年率30~40%台の成長での拡大が予測されている。

北米がこの成長をけん引している。既に多数の医療機器・AI支援ツールがFDA(米食品医薬品局)の審査を通過しており、医療AIが整備されつつある。欧州は北米に次いで成長している一方、欧州連合(European Union)はAIの規制の整備も強化しており、AI規制法(AI Act)が制定された。

「信頼できるAI(Trustworthy AI)」「説明可能性」「データ主権(データが国をまたいでどう使われるか)」「倫理・公平性」の議論が特に強調されており、制度・標準化が先行している。アジア太平洋地域は米国、欧州に次いで今後の成長が見込まれて国々で、画像診断AI、遠隔医療・モバイルヘルス、ウエアラブル+AIといった応用が急速に広がっていて、中国では、AIを活用した大病院での実装も進んでいる。

――日本の医療AIについては、どう見ていますか。

荻島:日本ではエックス線/CT(コンピューター断層撮影装置)/MRI(磁気共鳴画像装置)、内視鏡などの医療画像診断での深層学習による医療AIの実装が先行し、20件のAI医療機器がPMDA(医薬品医療機器総合機構)の承認を受けている。

内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の事業で、生成AIのプロジェクトが開始され、日本語の医療LLM(大規模言語モデル)の開発が行われ、現在、生成AIによる医療AIの研究開発・実装が進展している。

例えば、救急現場向けの情報共有システムを手掛けるスタートアップのTXPメディカルは、救急医療の分野で電子カルテとAIを連携して自動で退院サマリや診療情報提供書など各種医療文書を作成するプロダクトを提供している。

――病院での導入は増えているのでしょうか。

荻島:医療画像診断での医療AIの導入はすでに全国で進んでいる。日本はCT・MRI保有台数がOECD(経済協力開発機構)で突出して多いため、1施設あたりの撮像・読影件数が非常に多く、放射線科医の業務負荷はOECD平均の約4倍と報告され、読影支援のニーズが強い。

こうしたなか、PMDAはAI搭載の医療機器プログラム(Software as a Medical Device)、いわゆる「SaMD」の評価・審査の枠組みを整備し、医療画像診断の医療AIの承認を進めてきた。さらに、2024年には国内では初めて、大腸内視鏡診断支援AI「EndoBRAIN-EYE」が保険収載され、これにより医療AIが収益と直結するようになってきた。今後は、生成AIによる医療AIの製品が出現し、承認されるようになってくるだろう。

――AI導入が進んでいる診療科や領域はありますか。

荻島:今は、これまでに述べてきたように、主に放射線科などの画像系の診療科や領域が中心に進んでいる。代表的な例では、内視鏡、放射線、病理画像などがある。現在、眼科領域ではOCT(光干渉断層撮影)画像を使った医療AIの研究開発も行われており、さらには生成AIによる医療AIの研究開発が進むと、診療科や領域横断的な医療AIが出現するだろう。

――遠隔医療や診断支援などでAIの実装は進みますか。

荻島:遠隔医療は、医療AIと非常に親和性が高い。遠隔医療は、診察・検査・画像・会話などの医療行為をデータとして取り扱うため、医療AIとの親和性が非常に高い。診療データや生体情報、画像データがリアルタイムで収集・解析できる環境では、AIが症状のトリアージ、診断支援、経過予測、異常検知などを自動的に行うことが可能になる。

また、患者側からの入力情報やウエアラブル機器のデータもAIが解析し、医師に最適な判断材料を提示できる。これにより、遠隔医療は単なる通信技術を超えて、医療AIと融合した次世代の医療提供モデルへと進化してゆくだろう。

――制度面以外の課題はありますか。

荻島:医療現場でAIを実装するには、診療報酬が付与される必要がある。PMDAの承認を得たとしても、診療報酬がなければ医療機関などは導入には消極的にならざるをえない。大腸内視鏡診断支援AI「EndoBRAIN-EYE」が保険収載されるなど、今後、医療AIが保険診療のなかで位置づけられるようになってくるだろう。

――医療AI普及に必要なものは?

荻島:医療AIの研究開発・実装で鍵となってくるのがデータだ。いかなるデータで学習させるかに尽きる。画像診断の医療AIであれば、装置メーカーや撮影条件、施設ごとのばらつきを含んだ多様で標準化された医療画像データが必要になるし、大規模言語モデルによる医療AIであれば、臨床現場の記録やガイドライン、電子カルテ、医学論文など、テキストベースのデータが必要になる。しかし、データは病院ごとにサイロに入っており、医療AIの研究開発への利活用が困難な状態になっている。この状況をどう解消していくかが鍵になる。

政府は、「デジタル社会の形成に関する重点計画」(令和7年6月13日閣議決定)などを踏まえ、医療等情報の利活用の推進に向けて、基本理念や制度枠組みなどを含むグランドデザインに関する検討を行うため、医療等情報の利活用の推進に関する検討会が開始されている。

また、個人情報保護委員会も、個人情報保護法のいわゆる3年ごと見直しにおいて、統計等情報の作成において同意原則に基づかない個人情報の利活用について盛り込もうと検討が進んでいる。医療データの患者による一次利用と、研究開発のための二次利用が進み、医療AIの研究開発・実装が加速してゆくことを期待している。

――行政、企業、学会が果たすべき役割をどうみますか。

荻島:医療AIの社会実装は、一研究機関や一企業によって成し遂げることができるようなものではない。行政、企業、医療機関、そして学会がそれぞれの立場から責任を分担し、相互に協調していくことが不可欠である。

まず、行政は、制度設計とインフラ整備の中核を担う役割を有している。医療データの一次利用・二次利用の制度をはじめ、AIの安全性・倫理性を確保するための規制やガイドラインの整備に加え、信頼できる安全なデータ流通環境の構築が求められている。医療データは個人情報の最たるものであり、患者が安心してデータを提供できる環境を整備することが出発点となる。

企業は、AI技術を医療現場で実際に活用可能な形へと具現化する責任を担っている。優れたアルゴリズムを開発するだけでは不十分であり、医療システムに組み込まれるような設計、説明可能性(Explainability)の確保、社会実装に耐え得る品質保証体制が求められる。とりわけ生成AIの時代においては、単なるAI製品の提供にとどまらず、データ更新によるモデルのバージョンアップが行われる、ラーニングヘルスシステムの構築が重要である。

学会は、エビデンスの創出と標準化の推進という科学的・中立的役割を果たす必要がある。AIの性能評価指標や臨床試験の設計、倫理的配慮に関する枠組みなど、国際的に整合性のある基準を整備し、社会的合意形成を導くことが求められている。日本メディカルAI学会をはじめとする専門学会は、臨床現場と開発者、行政の間をつなぐハブとして機能することが期待される。

最終的に、医療AIの発展を支えるのは「医療への信頼」である。患者、医療従事者、開発者、企業、行政の間に相互の信頼関係を築き、AIが安全かつ公平に活用される社会的基盤を整えること―それこそが、現在われわれに課せられた最大の使命である。(敬称略)

荻島 創一(おぎしま・そういち)
1999年東京大学工学部計数工学科卒。1999年東京医科歯科大学 難治疾患研究所情報医学部門生命情報学分野、2001年東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科先端医療開発学系遺伝子・分子医学生命情報学分野、2009年ハイデルベルク大学ドイツがんセンター定量システム生物学研究所客員研究員、2007年東京医科歯科大学難治疾患研究所ゲノム応用医学研究部門生命情報学分野助教、2014年東北大学東北メディカル・メガバンク機医療情報ICT部門バイオクリニカル情報学分野准教授、2018年東北大学東北メディカル・メガバンク機構医療情報ICT部門ゲノム医科学情報学分野教授、2020年東北大学高等研究機構未来型医療創成センター教授、2023年北海道大学非常勤講師、2024年大阪大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点招聘教授

日本バイオインフォマティクス学会理事、情報計算化学生物(CBI)学会執行部会員・評議員、日本オミックス医学会理事、日本医療情報学会 国際委員会委員、日本メディカルAI学会評議員、クリニカルバイオバンク学会理事、IMIA Standards in Health Care Informatics WG Chair、日本医学会医学用語管理委員会委員、日本医療情報学会国際委員会委員、日本HL7協会技術委員会ゲノムWG 委員長、ISO/TC215/SC1国内審議委員会委員長、ISO/TC276/WG5国内審議委員会委員長

荻島創一・東北大学 東北メディカル・メガバンク機構 ゲノム医科学情報学分野教授 …