MUSVI、空間をつなぐ「窓」で地域医療と介護の課題解決に挑む
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(左から)阪井祐介・代表取締役、野邉みなも・モデレーター、大野木健・取締役、岡田綾治・営業推進責任者
MUSVI(ムスビ、東京・品川区)は、実空間接続プラットホームとして開発したテレプレゼンスシステム「窓」の、医療・介護領域における本格展開を進めている。大野木健・取締役兼事業開発部長に、「窓」の特徴や医療現場でのデジタル活用の方向性を聞いた。(取材:・横山優二・シード・プランニング・シニアリサーチアナリスト)
開発の原点は「空間の共有」、自然な声かけが生まれる設計に
「窓」は、縦型の大型ディスプレーとカメラ・マイク等を用いて遠隔拠点同士を接続し、高解像度の映像や微細な環境音を共有することで、対面に近い「身体性」や「空間の気配」を再現するのが特長だ。
現在は、患者のそばに看護師が同席する「D to P with N型」のオンライン診療システムとして、離島やへき地などの医療過疎地への対応や、介護施設から病院への通院介助にかかる現場負担の軽減など、地域医療との連携に力を入れている。
――開発の経緯を教えてください。
大野木:「窓」は、もともと「遠隔でも、人と人が同じ場にいるように感じられる仕組みをつくれないか」という長年の構想から始まっています。起点は2000年で、当時ソニーに在籍していた代表の阪井が、社内の新規事業提案制度で「人と世界をつなぐ『窓』と空間事業戦略」を提案しました。
その後、研究開発を続け2015年には現行に近い形のプロトタイプを開発して2019年よりグループ会社で事業探索をスタートしました。そして、2022年に、ソニーグループの後押しを受けてスタートアップのMUSVIを立ち上げ、「窓」の本格展開に踏み出しました。
――特長はどのような点ですか。
大野木:最大の特長は、相手の表情だけでなく、身体の動きやその場の空気感まで伝わる点です。ディスプレーには相手の上半身から腹部までが自然なサイズ感で映し出されるため、身ぶりや動作の予兆も把握しやすい。「どうぞお座りください」といった声かけも自然に生まれ、実際に同じ場にいるようなやり取りが生まれやすくなります。
音の再現性にもこだわっています。高音質のステレオマイクとスピーカーを備えており、一般的なウェブ会議では拾いにくい足音などの細かい環境音も伝えられるよう設計しました。左右の音の広がりも感じられるので、ディスプレーを見ていないときでも相手の気配を感じ取りやすく、空間そのものがつながっているような体験を生み出します。

多業種で導入拡大、医療・介護分野で本格活用へ
――導入はどのように広がっていますか。
大野木:これまでオフィス、建設現場、コンビニ、流通など、さまざまな分野で導入が進んでいます。例えば、オフィスでのコミュニケーション改善や、建設現場・店舗運営での連携強化などに活用されています。
現在、注力しているのは医療・介護分野です。医療従事者の不足、高齢者の増加などの深刻な社会課題、そして過疎化が進む日本で、遠隔医療のニーズは今後確実に拡大していくと考えています。これまでも医療・介護分野では家族面会や医学療法士による遠隔運動指導などで活用されていました。
特に最近は「D to P with N型(医師が遠隔地の患者をオンラインで診察し、患者のそばで看護師が診療を補助する)」の基盤で活用されるケースが増えています。患者の細かな表情や動作まで伝わる「窓」の特性を生かすことで、本格的な医療提供の手段として現場に浸透しつつあります。
介護施設と病院をつなぐ実証、通院負担の大幅軽減へ
――介護分野では、具体的にどのような実証を進めているのでしょうか。
大野木:現在、介護施設と医療機関をつなぐオンライン診療の実装に向けた実証研究を進めています。AMED(日本医療研究開発機構)の「介護DXを利用した抜本的現場改善事業」に採択され、当社が代表研究機関となる4社コンソーシアムで取り組んでいます。25年12月から、長崎県新上五島町にある特別養護老人ホーム「福見の園」、上五島病院・奈良尾医療センターを検証の場として、本格的に実証を開始しました。
福見の園で最大の課題となっていたのは、施設から病院への通院介助にかかる負担でした。施設から病院までは片道30~40分、準備や待ち時間を含めると1回の通院で往復3時間以上かかっており、付き添う介護職員の業務を大きく圧迫していました。さらに、車いすでの長時間の移動は、患者本人の肉体的負担も大きいという問題や、診察時には医療従事者ではない介護職が医師の質問に対して推測で答えざるをえない情報精度の問題も抱えていました。

これらの課題に対応するため、「窓」を通じて「D to P with N型」のオンライン診療を実施しました。合わせて、パラマウントベッドのセンサーなどで取得したバイタルサイン(生体情報)や睡眠状態、排せつ状況といったライフログを「窓」の画面上で医師と共有できる体制を整えました。
その結果、経過観察などをオンライン診療に切り替えることで3時間以上かかっていた通院介助の時間が約20分で済むようになりました。対応する診療科も内科や整形外科に加え、一般的に待ち時間の長い皮膚科や精神科でも非常に有効であることが分かっています。医師からも、正確なデータと的確な報告をもとに診察できるため「対面よりも診療の質が上がった」という高い評価をもらっています。
「空間をつなぐ」技術で、地域医療の可能性を広げる
――地域医療で、「窓」はどのような役割を果たせますか。
大野木:大きく2つの観点で貢献できると考えています。1つ目は、「D to P with N型」のオンライン診療を通じた現場の負担軽減と効率化です。現在実証を進めている高齢者施設から病院への通院介助の負担軽減はもちろん、患者側に看護師が同席するモデルは、2026年4月施行の「オンライン診療受診施設」の流れにも合致しています。医療機関での待ち時間改善や、医師の働き方改善にもつながると考えています。
2つ目は、都市部の医療リソースの有効活用です。医療業界で喫緊の課題である「医師不足」に対し、都市部の医師による医療過疎地へのオンライン診療による診察の仕組み作りや、地方都市において出産や育児などで退職し、病院への通勤が困難な女性医師が、自宅やサテライトオフィスに小型の「窓」を置き、遠隔から経過観察などの診療を行う仕組みなどが考えられます。この方法であれば、医師の復職へのハードルを下げ、働き方改革と病院事業の効率化を両立できます。
現在は、より高いレベルで貢献ができるよう医療機器や生活用品とのサービス連携、サポート体制の強化を急いでいます。「窓」によって、住む場所や移動の制約に左右されず、誰もが必要な医療や介護につながれる社会を実現したいと考えています。