地域包括ケアを支えるICT基盤とデータ活用のいま【講演編】
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会場の様子(東京・文京区のシード・プランニング本社)
地域医療福祉情報連携協議会(事務局:シード・プランニング)は2025年12月15日、「地域住民の医療・介護・健康をつなぐICT基盤とデータ活用~EHR、PHRで実現する地域包括ケア~」をテーマにフォーラムを開催した。当日は、病院関係者や医療ITベンダーなど、会場とオンラインを合わせて約70名が参加した。
フォーラムは、独立行政法人国立病院機構大阪医療センター院長で、地域医療福祉情報連携協議会の松村泰志会長による開会あいさつに始まり、講演とパネルディスカッションの二部構成で実施された。
「紙前提」から患者起点へ、情報連携の転換を促す 松村会長が示した課題認識
開会あいさつで、松村会長は協議会の設立から約17年にわたる歩みを振り返り、「電子カルテが普及し始めた当初、医療は医療機関ごとの個別完結ではなく、連携が必要だという問題意識から活動が始まった」と語った。
一方で現在は、スマートフォンが社会基盤となり、行政手続きや金融サービスも電子化が進む中、医療分野ではセキュリティーやプライバシーへの配慮を理由に、依然として紙を前提とした運用が多く残っている現状を指摘した。
松村会長は、アレルギーや既往歴、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)といった重要情報の共有、慢性疾患の長期的な経過管理、在宅で取得されるバイタル(生体情報)データの活用、診療情報提供書や各種届け出の電子化など、現場ニーズの多様化を挙げ、「患者情報を軸とした新たな情報連携が不可欠だ」と強調した。
さらに、電子カルテ情報共有サービスによる3文書6情報の共有や電子処方箋、PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)、医療データの二次利用といった国の取り組みが「今まさに使える段階に入りつつある」と述べ、「現場が理解し、率先して活用することで普及の好循環を生み出すことが重要だ」と呼びかけた。
共通指標で“見える化” 愛知県が進める検証と改善
名古屋大学大学院医学系研究科附属健康医療ライフデザイン統合研究教育センター特任教授で、地域医療福祉情報連携協議会の水野正明副会長は、「人と暮らしを支える医療と福祉の創生」をテーマに、2040年を見据えた医療・福祉の将来像と、愛知県で進める具体的な実践を紹介した。
講演では、医療は「治す医療」から「疾病とともに生きる医療」を経て、「疾病にならない・させない医療」へと移行していくとの考えが示された。これに伴い、医療・介護を支えるマネジメント主体も、医療機関中心から行政、さらには住民自身へと移っていくとした。
こうした変化を踏まえ、強調したのが、地域包括ケアを理念にとどめず、データと指標で成果を検証するアプローチだ。愛知県は、介護予防、重度化予防、生活支援の3指標を軸に、全県共通の評価指標を用いた調査を2019年と2024年に実施。自治体ごとの前後の比較することで、地域包括ケアの実態を可視化した。
その結果、一部自治体では要支援・要介護者の増加抑制や重度化改善といった成果が確認された一方、多くの地域では十分な改善に至っていない現状が明らかになった。
こうした課題に対し、愛知県では住民主体の介護予防を促す「C-REX介入プログラム(生活行動に着目した介護予防の取り組み)」などを展開。運動、食事、睡眠といった生活行動の中から一つに絞った実践を促すことで、ここ2年で改善傾向を示すデータも出始めているという。
講演の最後では、地域特性を踏まえながら検証と改善を繰り返すことが、持続可能な地域包括ケアにつながるとまとめた。
地域医療連携ネットワークの更新期の壁を越えるには-EHR・PHRの価値と持続条件
続いて、市立大村市民病院の麻酔科医で、NPO法人長崎地域医療連携ネットワークシステム協議会の理事・運営委員、地域医療福祉情報連携協議会理事を務める柴田真吾医師が登壇した。「電子化された診療情報(EHR)と個人の健康関連情報(PHR)を共有することで実現する、新しい地域包括ケア」をテーマに講演した。
講演では、20年以上にわたり地域医療連携ネットワークに関わってきた経験を踏まえ、「地域包括ケアは提唱から約30年が経過したが、十分に実現したとは言いにくい」と指摘。そのうえで、電子カルテ情報を医療機関間で共有する地域医療連携ネットワークは、新たな価値を生み出してきた数少ない取り組みの一つだと位置づけた。
一方で、地域医療連携ネットワークは導入期を過ぎ、更新期の大きな壁に直面していると説明した。数千万円から数億円規模で構築されたネットワークを、診療報酬が固定された医療機関だけで維持することは難しく、全国で多くのネットワークが縮小・消滅してきたと述べた。
こうした課題に対し、救急搬送時に専門医が遠隔で診療情報を確認できる仕組みや、医療機器データを自動連携することで、不要な搬送や入力作業を減らし、限られた医療資源を有効活用することを挙げた。その前提として、医療従事者の資格や本人性(本人確認)を担保するHPKI(Healthcare Public Key Infrastructure)などの認証基盤の重要性も言及した。
さらに、技術や制度だけでは地域医療連携は持続しないと強調し、データとテクノロジーを使いこなせる人材の育成や、医療、介護、行政、ITベンダーが立場を超えて議論できる場の必要性を訴えた。地域医療福祉情報連携協議会についても、次世代を担う人材を育て、現場と技術をつなぐハブとして重要な役割を果たすとの期待を示した。
ICTは“脇役” 北三陸に学ぶ地域づくりと多職種連携
3人目に登壇したのは、村田歯科院長で、北三陸塾副理事長を務める村田昌明医師だ。「ICTを活用した多職種連携の模索」をテーマに、震災後の岩手県北三陸地域で10年以上にわたり続けてきた地域医療連携の実践を紹介した。
村田氏は、最初に「多職種連携はもう古い。これからは地域づくりの時代だ」と述べ、ICTはあくまで地域医療を支える手段であり、主役は人と人との関係性だと強調した。こうした考え方を背景に、岩手県北三陸地域で実践してきた地域医療連携ネットワーク「北三陸ネット」の取り組みを紹介した。
北三陸ネットは、人口約5万5000人の沿岸4市町村を対象に、2015年に本格始動した。病院の参加率は100%、患者同意数は約1万7000人と全国平均を上回る。一方で、診療所や介護事業所の参加や活用は十分に広がっていない現状があるという。その理由は、連携しても診療報酬が増えず、忙しい現場ではメリットを実感しにくい点を挙げた。
北三陸ネットの運用コストは月に約75万円、住民1人当たりで換算すると年170円程度になる。それでも、自治体が安定的に負担するには高いハードルがあると指摘した。そのうえで、地域医療連携を継続させるための要因として、「現場のリーダーシップ」「行政の関与」「参加者の負担軽減」「早期の成功体験」「人間関係」の5点を挙げた。
近年は、看護師や介護職を交えた座談会を継続的に開催し、現場の課題を共有する場から、解決策を生み出す場へと発展させている。こうした取り組みを通じて、消防との情報連携や在宅医療の伴走支援など、新たな展開も生まれているという。最後に、「現場の声を国に届ける存在として、この協議会に期待している」と述べ、講演を締めくくった。
データ循環で社会実装へ 施設・患者・政策・創薬をつなぐ
NECの社会公共ソリューション事業部門医療ソリューション統括部の矢原潤一シニアプロフェッショナルは、ベンダーの立場から、地域医療の社会実装の現在地と今後の可能性について講演した。講演では、「医療施設間連携」、「患者との連携」、「政策との連携」、「製薬企業との連携」の4つの観点でNECの取り組みを紹介した。
まず、医療施設間連携は、転院・退院調整をはじめとする後方連携の現場が、いまだ電話やFAXを中心とした運用に依存している現状を課題として挙げた。これに対し、地域の入院患者の状況や特性を可視化するダッシュボード型の仕組みや、電子カルテのサマリー文書を共有しながら医療機関同士が事前調整を行える仕組みで、施設間連携の効率化と現場負担の軽減を図っていると説明した。
次に、患者との連携では、PHRと外来診療フローを組み合わせた取り組みを紹介した。スマートフォンを活用し、再来受付や問診、待ち状況の確認、会計、処方箋情報の送信までを一連で支援することで、患者の利便性向上と医療機関職員の業務負担軽減を目指している。また、薬局との連携では、トレーシングレポート(服薬情報提供書)をクラウドで共有し、FAX送付や手入力を減らすことで、服薬情報を含めた情報共有の効率化に取り組んでいる。
政策・研究との関係では、電子カルテ情報共有サービスに向けた3文書6情報の連携を実装・実証している点に言及した。医療情報データ連携の国際標準規格「HL7 FHIR」に基づく標準化を前提とすることで、医療情報を将来的に研究や政策立案にも活用できる形で蓄積・流通させていく考えを示した。
さらに、こうした標準化された医療データは、製薬企業との連携にも広がりつつあるという。複数医療機関から収集した匿名化医療データを構造化・標準化し、生成AI(人工知能)などを活用して安全性・信頼性を高めた上で、創薬や治験領域での活用を進めている。治験候補患者のスクリーニング支援や、併用薬候補の探索などを通じ、創薬プロセス全体の効率化に貢献できる可能性を示した。
矢原氏は、こうした取り組みを支える前提として、「高品質で標準化された医療データが安全に循環する基盤」の重要性を強調した。単なるシステム提供にとどまらず、課題分析や成功事例の共有を含めた伴走支援を重視し、地域医療福祉情報連携協議会とも連携しながら、現場と政策、産業をつなぐ社会実装を進めていきたいと述べた。
地域ネットは“深く、広く” 標準化で拡張するデータ連携
最後に登壇した富士通Japanヘルスケア事業本部ヘルスケア戦略企画統括部の杉村裕子シニアマネージャーは、長年にわたり地域医療連携ネットワークを支えてきた立場から、地域医療ネットワークの現状と、今後の深化・拡張の方向性について講演した。
富士通Japanは、地域医療連携ネットワークシステム「HumanBridge(ヒューマンブリッジ)」を全国で提供しており、現在は1万を超える医療機関・薬局が参加する。情報提供病院は450施設以上に上り、病院、診療所、調剤薬局といった多様な医療機関が地域単位でつながっている点が特長だ。
実際の利用状況を分析すると、診療情報参照や画像参照といった基本機能は全地域で活用されているほか、患者メモや医療機関間のセキュアメールなど、患者を起点としたコミュニケーション機能も多くの地域で利用されているという。
さらに、2023年の利用データを分析した結果、処方や検体検査といった客観的情報よりも、医師や看護師による記載といった「主観的情報」が最も多く参照されていることが明らかになった。杉村氏は、「地域医療では、判断の背景や意図が分かる情報こそが連携の質を高める」と述べ、地域医療ネットワークが果たしてきた役割を強調した。
一方で、国が進める全国医療情報プラットフォームとの関係は、両者の役割は異なると整理した。全国的な共通基盤が「広く」情報をカバーするのに対し、地域医療ネットワークは、医療従事者が日常業務の中で「すぐ使える」深い連携を担ってきたという。病診連携から病病連携へと発展してきた地域ネットワークは、今後も地域に根差した実装を支える基盤として重要であり続けると述べた。
今後の展開としては、「HL7 FHIR」といった標準規格を通じて、電子カルテをハブに国の情報基盤やPHR、さらにはスマートシティー関連データなどとも接続していく構想を示した。
具体的には、地域ネットワークに蓄積されたデータを分析し、重症化リスクの高い患者に対して、かかりつけ医から受療勧奨を行うモデルや、通院が困難な高齢者を支援するヘルスケアMaaS(次世代移動サービス)など、地域課題に合った活用を広げていく考えだ。
杉村氏は、地域医療ネットワークは今後、医療・介護にとどまらず、予防、健診、救急、防災といった領域へと広がり、医療・介護・福祉の多職種が情報を共有する基盤として進化していくと述べた。データ連携を通じて地域医療の質を高めつつ、現場に根差した形で持続可能な医療提供体制を支えていく姿勢を示した。
地域医療連携ネットは社会インフラの次段階へ
講演では、自治体主導の実践、現場の試行錯誤、そしてベンダーによる社会実装の現在地が示された。地域医療連携ネットワークは、単なる情報共有基盤ではなく、地域包括ケアを支える社会インフラとして、次の段階へ進みつつあることが浮き彫りとなった。
<問い合わせ先>
地域医療福祉情報連携協議会事務局(株式会社シード・プランニング内)
E-mail:info@rhw.jp