PHRを取り巻く国の動向と実証事業まとめ
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PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)は、最近では国や自治体が主導し、ユースケース創出に向けた予算が確保されたり、PHRサービス事業者が団体を設立されたりするなど、普及や振興に向けた動きが活発化している。また、医療サイドでも、医療DX(デジタルトランスフォーメーション)推進の一環で、PHRを医療提供に生かすための取り組みや、民間企業と連携した研究が進められている。
伸びる市場を判断する際に、「その分野にどれだけの予算が確保されているか」は、判断材料の1つになる。行政のPHRに対する取り組みの変遷と医療機関を巻き込んだ実証事業を紹介する。
(医療テックニュース編集部 采本麻衣)
日本でのPHRの変遷
「IT革命」が推進された2000年、21世紀における国民健康づくり運動で健康寿命延伸などの実現を目的に、厚生労働省が展開した「健康日本21」において、PHRは個人の生活習慣の改善に活用すべきものとして言及。少子高齢化が進み、国民の健康増進に向けた自主的な努力を推進する動きが高まる中、市町村や健康保険組合、事業者が定期健診の結果を継続的に管理することが推進された。
2006年~2008年に実施された厚労省のIT新改革戦略では、重点計画の1つに「健康情報の個人活用基盤整備推進」が挙げられた。この計画では、国、地方自治体、保険者、医療機関などのさまざまなサービス提供者が保有する国民の情報を、安心で容易に入手や閲覧ができ、自身の健康管理や診察時に活用できる仕組みの構築に言及した。
2015年、内閣官房が「世界最先端IT国家創造宣言」で、ITを活用した公共サービスの提供やビッグデータ利活用した新事業やサービスの促進などを提示。その中で、個人の行動・状態などのデータである「パーソナルデータ」は、利活用の価値が高いものとして、個人情報の保護などの基盤整備を進めることが示された。
2017年には、現在に続く「データヘルス改革推進本部」(厚生労働省)が設置され、「健康」「医療」「介護」の分野を連結した情報通信技術(ICT)インフラを本格稼働させることを目標に、ビッグデータ活用推進計画の検討や、保健医療データプラットホームの構築が進められた。このあたりから、データヘルスとマイナポータルの連動が挙げられ、マイナポータルを通じた個人の健康や医療情報の記録と管理、共有化の促進が始まった。
その後、データヘルス改革推進本部で、「国民の健康づくりに向けたPHRの推進に関する検討会」を中心に、PHR推進に関して具体的な検討が進められる。2021年には、総務省、厚生労働省、経済産業省が共同で「民間PHR事業者による健康情報の取り扱いに関する基本指針」を発表。PHRサービスを提供する事業者が順守すべき事項を取りまとめた。
直近では、内閣官房が「医療DXに関する工程表」(2023年)を発表し、マイナポータルでの情報提供をトリガーとした、PHRの急速な普及を目指し、関連省庁や自治体がPHR普及に向けた事業を活発化している。
医療機関を交えたPHRの取り組み
近年は、PHRサービスによるユースケースの創出を目的に、民間PHRサービス事業者主導の実証事業や実験だけではなく、国や自治体が主導した実証事業や実験を複数実施されており、ヘルスケア分野の枠を超えてPHRの活用が模索されている。ここでは、医療機関を交えた直近の取り組みを紹介する。
PHRの電子カルテ連携で病院薬剤師の作業時間が約4倍短縮
京都大学医学部附属病院とシミックホールディングス、harmoは2024年2月に連携協定を締結。周術期薬剤管理業務の「入院患者の服用薬剤確認」の効率化と正確性向上を目指し、手術や入院をする患者の薬歴情報を電子情報のままの電子カルテに受け渡しする仕組みづくりのシミュレーションをする実証実験を実施した。実証では、PHRを管理するシステムとして「電子版お薬手帳」を基盤としたPHRサービス「harmoアプリ」(患者向け)と「harmoシステム」(医療機関向け)を活用した。
また、医師や薬剤師に対し、電子カルテに患者の「お薬手帳情報」を転記する作業時間と作業後に、アンケートとインタビューを実施したところ、「電子版お薬手帳」を電子カルテに転記する作業は、ほかの2パターンと比較して最も時間を要することが判明した。
しかし、「harmoシステム」を使って、お薬手帳の情報を電子カルテにコピペできる場合は、術前外来を想定した、11 剤の処方歴の条件下で、紙か電子版お薬手帳を閲覧し手入力で転記する作業時間と比べ、4 倍程度の時間短縮につながったという。
PHRがどの病院でもつながる「スマートホスピタル構想」を目指す大阪警察病院
警和会大阪警察病院では、2025年1月に予定する第二大阪警察病院との統合に先立ち、「スマートホスピタル構想の第1弾」を始動した。医療DXの推進を視野に入れた取り組みとして、医療情報システムやプラットホームを提供する事業者を中心とした8社と協力。どのような病院とでもPHRがつながり、医療データの利活用が実現するプラットホームを構築することで「大阪モデル」として全国に展開するための検証を実施する。
新病院開業前の2024年度上期中には、プラスメディの医療データ閲覧用患者支援スマホアプリ「wellcne(ウェルコネ)」とQOL(生活の質)向上支援スマホアプリ「FAROme(ファロミー)」を導入し、患者の通院支援アプリを新たに導入。通院支援とPHRの共有を開始するとしている。
三重大学はITベンチャーとタッグ組み心不全管理アプリを実証
この連携は、三重大学大学院医学系研究科 循環器・腎臓内科学と三重大学医学部附属病院循環器内科は、キュアコードへの開発を委託し、心不全の予防と管理を目指したスマートフォンアプリの実証事業を開始した。
キュアコードは大学発のITベンチャー企業で、ヘルスケア分野を中心にシステム開発やスマートフォンアプリ製作などを手掛ける。
三重大学とキュアコードは2021年に、2021年度の三重県実証サポート補助事業「クリ”ミエ”イティブ」に採択され、心不全管理アプリ「ハートサイン」を開発、三重大学付属病院で実証事業を実施した。同アプリは、患者が入力した情報を医療機関と共有可能で、アプリの記録が治療に生かせるという。
アプリは実証事業後、臨床研究で三重県内の複数の医療機関が利用を開始。直近では、2023年に日本医療研究開発機構(AMED)の研究開発基盤整備事業に採択され、非医療機器(Non-SaMD)サービス構築を視野に、マイナポータルとの連携し、自治体向けのヘルスケアサービスとしての社会実装を目指している。
SIPを通じPHR活用データプラットホームと臨床現場ソリューション開発が進む
内閣府科学技術・イノベーション推進事務局の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」では、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)が、社会的課題の解決や日本経済や産業競争力に重要な課題を設定し、領域や予算配分をトップダウンで決定して基礎研究から社会実装までを見据えた一気通貫の研究開発推進事業を実施。2014年以降、現在は2021年から第3期の取り組みが進められている。
第3期では課題の1つに「統合型ヘルスケアシステムの構築」を挙げ、「臨床情報データプラットホームと連携するソリューション開発」と「臨床現場向けのソリューション開発」をテーマに、PHRを活用したシステムの社会実装に向けた研究開発が進められている。
2023年に政府から出された「医療DXの推進に関する工程表」からも明らかなように、医療DXの流れの中でPHRの活用が推進されており、国や自治体の補助事業・支援事業という形でPHRを活用したユースケース創出に向けた取り組みは加速している。
PHRサービス全体でみると、通院や治療への活用で、三重大学とキュアコードのように、医療機関側の取り組みからサービス化する事例が複数あることが目立つ。また、内閣府のSIPのほか、経産省、AMEDなどの採択事業からも、今後の目指す姿やトレンドをつかめるだろう。